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    ■2013/09/27(金) 谷口ジローと関川夏央そしてズート・シムズ

    『孤独のグルメ』というテレビ番組がある。深夜にやっている実写の番組だ。実写と云ったのは原作が漫画だからだ。いや漫画というよりは劇画とかコミックと云うべきなのかも知れないがまあいいか。書いたのは谷口ジローだが原作は久住昌之である。大体谷口ジローは描く人で原作者と二人三脚なことが多い。

    最近は明治の文壇を中心にした漫画、あれは何と云う題名だったか、原作は関川夏央。結構話題にもなり何とかという賞を受賞した記憶がある。私は谷口ジローの大ファンなので最近のものは知らないが昔の単行本になった漫画の殆どは所持している。特に相方の関川夏央と組んだ作品が大好きである。関川夏央が好きだから谷口ジローを読んだのか或は逆であったか定かではない。そうだあの探偵シリーズ『事件屋家業』がとっかかりではなかったか。シリーズは沢山あって直ぐに題名が思い出せないけれど。  ある種ジャズのフレイバーがするというと見当違いか?

    関川夏央と云えば大昔、殺伐とした国道沿いの本屋で購入した一冊の本がある。黄ばんでしまったが今でも身近に置いている『名探偵に名前はいらない』という本である。昭和63年のことだ。漫画の原作ばかりではない関川夏央の著作の魅力に開眼した本でもある。遡り私小説の様なエッセイ集『貧民夜想會』を読みその一種含羞のあるハード・ボイルドチックさ(?)に嵌った。ここ数年の最近作は未読だがその後小説やらエッセイやら時事/文芸評論(?)など様々なものを機会あるごとに読んだ。けれどそれがフィクションか否かに大した違いはない。好く言えば奥底に流れる一貫したスタイルにブレがないからである。

    私よりも年長で所謂団塊の世代に属していたような記憶がある。関川夏央にはそれ故何処かに世代特有の翳りのようなものが感じられる。だからと言ってこの世代の人たち全てにそう云う翳りがあるかと云うとそういう訳でもない。それに、じゃあその"翳り"って何かと問われると上手く説明がつかず口ごもってしまうだろう。 世代論は喋っている内に自分でも不思議にどこか胡散臭い気がしてくるのだ。なのでこの話題は早々に切り上げよう。

    さてこういう部類の読み物(?)には断然ジャズが似合う。それも古いジャズ、滋味深いジャズが好い。

    例えばズート・シムズ。

    燻銀のテナーが醸す滋味深い演奏には聴く度に感涙する。数あるズートの名盤を制し私が好むのはこうした盤だ。殆ど最後期に属すこのアルバムは滋味深い面子と吹き込んだ小ユニットの作品だ。ベース:レッド・ミッチェル、ギター:ルネ・グスタフソンを従え、いや従えと云う言葉には違和感がある、ズートの愛すべき仲間であるからだ。三者による会話は深く朴訥である。ドラムスは要らない。どの叩き手もグスタフソンのセンシティブなカッティングを超えられないからだ。1984年ストックホルム録音。最晩年のズートに相応しいアルバムと確信する。
     
                    


                      Oct07~02
                     
    Zoot Sims、Red Mitchell、Rune Gustafsson
                           『In A Sentimental Mood』
                        (1984年録音 Sonet SNTCD-932)

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    ■2013/04/21(日) 感動しない私が悪いのだろうかジャズ漁盤にこれぞのものがない

    事の更新が或る期間以上なされないとそうなる仕組みらしく私のブログのトップに訳の分からない宣伝記事が掲載されることと相成った。なんだか鬱陶しいので更新記事を書くこととした。しかし冷静に考えてみれば無料でこういう場を提供されているのだから余り文句の言えたものではないな。

    近所にコメダ珈琲店が開店した。以前インスタントコーヒーについて言及したおりコメダ珈琲は美味しいので近くに開店しないものかという内容の記事を書いたが見事実現した訳である。で、出かけてみると結構な盛況。アルバイトの女子高生のような女の子が大勢働いている。小腹も空いていたのでミックスサンドと珈琲をオーダー。ウェイトレスさんがマスタードを入れますかと訊くので沢山入れて下さいと云う。すると届いたサンドイッチのパンとパンの間には驚くほどのポテトサラダがサンドされている。ずっしりと重いくらいのポテトはパクつくとこぼれおちる位のボリュームである。どうやらそのウェイトレスさんはマスタードを沢山と言ったのを中身を沢山と勘違いしてこれまた若いバイト君のいる厨房へ伝えたのだろうと推測した。まあ美味しかったので食べづらさと相殺だな。 それにしても大判振る舞いのコメダ珈琲店である。また来よう。

    雨の中、新しい車が到着した。7年間乗っていた愛車も色々なところに微妙なガタが出てきたのでそろそろ潮時かなと思い買い換えた訳だ。多分これで最後の車になるのではないかと考え久々にドイツ車に乗ることにした。国産車は故障もなく良かったのだが如何せん様々な外国車の良いとこどりで無個性である。デザインにキレがなく独創性がなく運転に心踊らされる魅力がない。エンジンがいくら良くて馬力が出て燃費が良くても心底好きにはなれない。但し私も最早この歳だからそこまで拘ることもないかと1リッターで沢山走る車に妥協する術も持ち合わせている。で、数台国産車に乗って来た訳だ。 ここらで妥協を排し好きな車を乗ってみようかと思い立った訳である。しかし本音を言えば納車日がそれほど嬉しくないのである。嘗て好きな車が納車される日はバック・オーダーを抱える人気車であれば首を長くして待ちに待ったものである。しかし今回はそれほど重要な要件ではないが用事があったので納車を一週間遅らせてしまった程だ。 嘗てはそうであったが今はこうである・・・それが歳とることだと言う単純な図式で語るのは簡単であるが。

    ジャズに於いても然り。ジャズ漁盤にこれぞのものがない。これこそ更新を滞らせている大きな原因だ。しかしこれはレシーバー:受け手側である私の極私的理由に外ならないのではないかと思っている。哀しいかな加齢で感受性が摩耗したのか、いやそんなことはない感動に至るほどの好い音楽がないのだと思いは行き来をする。これも答えは出ない。

    そんな中でこれはという盤がある。某オークションで信を置く出品者のお勧めの盤である。幾分高額な盤であったがそのカッコいいという曲を聴いてみると成程これは好い。充分価格以上の価値がある。泣かせどころが見え見えであるがやはりその哀愁感に泣けるのである。カッコ好いとはまさにこういう演奏を言うのだろう。ベーシスト:Jacky Samson のリーダー盤。Charles Saudrais に捧げられた多分1994年に録音されたマイナー盤である。Bobby Watson作 #2 "Time Will Tell" ・・・これぞお勧めの名演。"いつか時が語るだろう" とでも訳せるだろうか重厚なブラスアンサンブルとSylvain Sourdeix のサックス・リフが粘着質にリードする様は何十回聴いても唸ってしまう。兄弟なのかEmmanuel  Sourdeix のピアノも断然素晴らしい。加えて こんなところに隠れていたのか:私的名曲"Star Crossed Lovers" も収録されており私的至福盤となっている。ああ素晴らしい!!  世の中まだ捨てたものではないな。

                     Apr21~01              
                   
    Jacky Samson Quintet 『Hommage A Charles Saudrais』
                     (1994年録音?自主製作盤? Paradox  SAM001)

    19:40 | トラックバック(0) | コメント(4) | Tenor Sax | Page Top


    ■2012/04/08(日) 極め付きテナー盤2枚の話

    やっぱり最近聴いた中ではこれがダントツだろう。

    いつものことだが古い盤で2002年の録音。一部では評価が定まっているようで  今頃になって好いなぁというボンクラなことを言うのはこのブログぐらいなものだろう。  

    素っ気ないジャケには奏者と曲のクレジットしかない。サクソフォン奏者:Petter Wettre 自身のレーベルからのデビュー盤のようでバーコードもない。これはある種マニアックなファンが狂喜するだろう。

    #1 "Strike Up The Band"。 冒頭サックスのリフがギターとユニゾンで炸裂する。これは何処かで聴いた感じの音楽だなぁ・・・誰の音楽だっけ・・・ここまで出かかっている記憶が出てこない。そうこうしているうちにピアノのアドリブが鮮やかに疾走している。ピアニストはHarvard Wiik、これはピアノ・トリオ盤をチェックしなくてはならないな。
    #5 "Trigger"が又しても鮮やかに走っている。特にピアノが好く、スピード感だけではない間の取り方が絶妙。
    #6 唯一スタンダーズの"Lash Lfe”・・・縦横無尽にテナーが駆け巡る前半とピアノが絡む後半の対比が美しい逸品。   


                                         
    Apr06$07.jpg
                   
                              Petter Wettre Quntet
                              『Household Name』
                        (2002年録音 Household Records DAA001)


    もう一枚。これはもう少し古い盤で1999年録音。

    過日出先を歩きながらアイホンで聴いていてその突飛の素晴らしさに驚いた。"The Touch Of You" という曲。出だしの一音に強烈な一撃を食らってしまった。思わずアイフォンのクレジットを見てみる。しかしどんな盤か想い出せない。勿論ジャケ写などアップしてあるメジャー盤ではない。Dan Greenblatt Sexteet 『Stretch』という盤である・・・自宅に帰りラックを探しまくるが出てこない。何と情けないことだろう・・・自分で収録した音楽の盤が探し出せないのだ。しかたがないのでウェブで検索するがアマゾンにもHMVにもどこにも引っ掛かってこない。出てくるのは彼が出版したジャズ音楽の本だけである。流石に参ってしまう。深夜までラックを探すがだめであった。

    数日後やっとのことで探し出した盤がこれだ。背表紙のクレジットだけで盤を探すのは実に大変である。ロケーション管理しなくてはもう駄目だという教訓なのかも知れない。

    ピアノはMarc Seales、ペットがJay Thomas。どうりで素晴らしい訳である。


                           
    Mar15$01.jpg

                           Dan Greenblatt Sextet 『Stretch』
                               (1999年録音 bw105)   




    15:39 | トラックバック(0) | コメント(0) | Tenor Sax | Page Top


    ■2012/03/04(日) Jesper Thilo を聴く

    いけないことだが又しても精神的に絶不調だ。しかし原因は分かっている。つまらない世事に拘泥しているからにすぎないのだ。ここで問題なのはつまらないと云う事を認識しているに関わらず拘泥しているところだ。些事に拘る自分がつまらないのだ。困ったものだ。

    今日久しぶりにカトリーヌ・マドゥセンを聴いた。最新作(と言っても大分時間が過ぎているけれど・・)の『Simple Life』を買ったまま 放ったままであったからだ。彼女の唄は深い。こうした時に聴くには好い音楽だ。

    そう言う事で、つまらないのだ。ではつまるってことはどういうことだろう?

    今日ヨーロッパの或るチームで活躍する、いや、していたサッカー選手のドキュメンタリー番組をボ~ッと見ていた。どうやらサッカー選手である彼は国内チームからヨーロパへ移籍した当初、大活躍だったのだが怪我をした上に彼を評価してくれていた監督が変わりその辺からベンチにも出られなくなる不運に陥ってしまったようだ。そういう彼の鬱々した不遇の日々を綴っていたのだがどこか自虐的な感じが悪いけれど面白かった。いつか浮上して欲しいものだ。そう、彼もきっとつまらないに違いないのだが、実はそうでもないかも知れない。不遇だからと言ってつまらないとは限らないが面白いとは思っていないのも確かだ。

    さて、突然だが、好きな音楽、ジャズくらいは好きに聴きたいものだ。こんなところまで原理原則に振り回されるのは嫌だな。今朝ふと思った事。いま関西の某ホテル、少し疲れ気味。

    継続は力なりとはよく言った。しかしジャズを聴き続けても何の力にはならない。良いこと言えば自らの精神状態のバロメーターになるということぐらいか。最悪の時は面白くもない雑音だし、絶好調の時は店にも、いや天にも昇る様な感動がある。であるならば音楽の客観的な鑑賞などあり得ないな、少なくとも私には。しかし、どんな時にも割り方コンスタントに感じ入る盤が幾枚かある。ヴォーカルで言えばサッチモとエラの2枚、インストではコルトレーンの『バラッズ』あたりかな・・・時と場所と気分によってこのチョイスは目まぐるしく変わると思うけれども今の状態では真実だ。

    『バラッズ』を吹き込んだ時期、コルトレーンの調子はあまり良くなかったと言われている。が、然してそういう情報に意味はない。音楽だって何だって結果が全てだ。これほど深く沁み入る演奏が別のコンディションの時に為し得たか疑問だし、吹き込まれた状況は必然であったとしか思えないのだ。なんでもかんでもバリバリ吹いたり叩いたりするのが好い訳じゃないだろうに。そういう輩はチェット・ベーカーのペットにまでバリバリのスリルを求めたりするから困る。鉋で釘を打とうとしている感じだ。

    時たま取り出すサックス吹きにJesper Thilo がいる。特に頻度高く聴く『Tributes』という2005年録音の盤がある。昔紹介したかもしれないがジャケが少しコミカルなやつだ。バックは優れピアニスト:Jan Lundgren に、これまた重厚なベース弾き:Jasper Lundgaard だけのシンプルな編成である。バタバタしたドラムがないので読書の伴としては最高な盤である。で、最近もう一枚ゲットした盤がある。これもバックはドラムレスでベースは同様Jasper Lundgaard、ピアノが変わりBen Besiakow となっている。このBen Besiakowというピアニストは好い。幾枚か盤を持っていたと思うが想い出せない。話は戻るがこの盤、1994年コペンハーゲン録音のMusic Mecca盤であり、前出の『Tributes』に先立つ10年も前に吹き込んでいる。こんな名盤が埋もれていたのか!・・・系統だって聴くことができない私はこういう風に偶然に身を任せ、思わぬ発見に歓びを見出そうとしている。なんでも分かってしまっては詰まらないからね。それにしてもなんて円やかで深みのある演奏だろう。名曲達も演奏されることに喜びを感じているに違いない。彼らを掬って心の奥底まで運んでくれるのはJasper Thiloのテナーである。

          
    Mar12$01.jpg      Mar12$02.jpg

               Jesper Thilo 『Movin’ Out』                   Jesper Thilo 『Tributes』 
             Jasper Lundgaard   Ben Besiakow            Jan Lundgren   Jasper Lundgaard   
            (1994年録音 Music MeccaCD1045-2)          ( 2005年録音 Music MeccaCD4098-2)    
                 

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    ■2011/12/04(日) 最近の極め付け

    今年は今のところ5枚。喪中はがきの枚数である。つき合いは広い方ではないが歳を経るごとに多くなっていくような気がする。そういう廻り合わせの年齢になったということだろうか。しかし今年は少し亡くなった方の年齢層が低くなっているようだ。弟が38歳で亡くなった者1名、兄か亡くなった者2名・・・これは割と若い、夫が亡くなった者1名、父が亡くなったもの1名、都合5名である。なんだか他人事ではない。 又しても暗い話題になってしまったが現実的な話である。

    相変らず海外から毎日のように届くCD盤に家人は諦め半分怒り半分な顔で嫌味を言う。本当にこんな沢山のCDを聴いているのかと。確かに本当に気に入った盤は極一部である。何時か『非常持ち出し』のタグでも貼って纏め置こうかとも思う。そういうCDは何枚になるだろうか。3千枚もあればいいのかも知れない。しかし一曲だけが好いために手許に置く盤やどこという好いところはないが何故かぼんやりと手離せない盤、稀少性が際立っていて手放せば絶対に2度と入手は不可能な盤、名盤中の名盤と呼ばれていて聴けばそれなりに凄いと思うが好いとは思えない盤等々、色々な柵に絡めとられた私の蒐集模様である。

    一聴しこんなハッとする様な好い盤はなかなか巡り合えるものではない。入手するのに随分と遠回りしてしまったが、実に好い盤である。テナーもコルネットも好い。リチャード・ワイアンズのピアノも好い。活き活きとした鮮烈なジャズがここに在る。ありきたりな演奏で良しとしないジャズメンの意気がビリビリと感じられる。優れ盤の多いJazz Aux Remparts中でも飛びきりな出来の好さだ。(以前この盤を薦めてくれたTさん、仰るように生涯盤ですわ・・・頑なにパソコンをお持ちでない拘り者のTさんは多分この文章を見ることはないでしょうが・・・)

                   Nov2907.jpg
                     
                        Andre Villeger 『Connection』
                   (1990年録音 Jazz Aux Remparts 59.641 2)
                


    19:52 | トラックバック(0) | コメント(4) | Tenor Sax | Page Top


    ■2011/10/13(木) 秋に聴く

    散歩の途上、見上た空の青がどこまでも深い。道端のコスモスの薄紫が風に揺れている。風に爽やかさが載り、木漏れ陽が優しい。ふと立ち止まり胸の奥までその気配を吸い込む。なんという深い寛ぎだろう。珈琲の香り漂う窓辺の読書が嬉しい。ジャズのバラッズが心の襞にまで沁みる。浮足立った夏が終わり、大好きな季節に移行したのだ、秋の到来である。

    Turk Mauroは熊の様だ。1977年に録音された『The Underdog』のジャケットに写る姿だ。しかし面子を見れば優れた演奏が予見できる。Hugh Lawson のピアノ・トリオに数曲Al Cohnのテナーが加わる。思ったとおり秀逸。

             
    Oct1301.jpg
               Turk Mauro 『The Underdog』
             (1977年録音 Storyville STCD8265)

    1988年、 『Love Songs』 を吹き込む。Bobby Forrester のハモンド・オルガンをバックにした音源が半数、Jimmy Rowles 、Phillippe Milanta 各ピアノ・トリオでの吹き込み(伴にベースはPierre Boussaguet) が半数。殆どが表題通り『Love Songs』でTurk Mauroのテナーが心の奥まで沁みる。相変わらずの武骨なジャケだがこのアルバムは彼の母に捧げられどこまでも優しい。 

              
    Oct1302.jpg
        
                  
    Turk Mauro 『Love Songs』
         (1988年1990年録音 Bloomdido Production BL009)       


    23:35 | トラックバック(0) | コメント(2) | Tenor Sax | Page Top


    ■2011/09/01(木) 耽美小説の誘惑

    中古ショップを彷徨いながら何時も去来するのは、これらジャズCD盤は累積すると一体何枚発売されたのだろうかという想いだ。買っても買ってもまだまだ底は尽きない。見たこともない盤、聞いたこともないミュージシャン達は次々と現れ翻弄するかのようだ。それは歓びであるが同時に老い先の見えた有限な私にとっては微かな諦めでもある。同様、古書店に行くと同じような感慨に染まるのである。

    最近年老いた私の母はすっかり耳が遠くなってしまった。それ以前には目が疲れやすいと盛んにこぼしていた。若い頃から読書好きな母であったので、活字の大きいハードカバーの小説を買ってきてはプレゼントをした。もっとも自分も気に入った本でもあるので先に読んでから、これは面白いよと言って手渡すのが常だったが。その読書も最近はクロスワードにとって代わられた。どうやら目が疲れて読書ができなくなった様なのである。若いころはあれほど読みたかった本だけれどもねぇ・・なんでも出来るうちにした方が好い・・・と言うのが年老いた母の口癖である。

    そんな母を目にすると、身近に『老い』を目にすると、つくづく人間の有限性について考えさせられてしまうのである。視聴覚・・・まさに見ることと聴くことの感覚が今の私の趣味を成立させる殆どのセンサー。因果なものである。

    さてそんな老い先短い私がお勧めするのは、今回は小説、短編の小説集である。情報過疎地の住人の私。こんな素晴らしい本が出ていたとは全く知らなかった。実に恥じ入るばかりである。前回の話題ではないが何処かで廉価で売られていたら絶対に買ってしまう本であるのは間違いない。ハードカバーで読みたい本である。文庫本で読んだのが惜しい(笑)。あっ、内容について言及していなかった・・このブログを長くお付き合いしている方ならご想像通りの陰気な小説である。耽美的とか隠微とでも言った方が小説らしいかな。古ぼけた街並に降る雨がしとしとと心の中まで沁みてくるような掌編小説集である。参った。

                  Sep0103.jpg
                 松浦寿輝著 『ものの たはむれ』
                    (文春文庫 ま19-1)

    さて、こんな好い本を読みながら聴くジャズ盤もピックアップしなくては片手落ちと言うもの。1970、80年代頃(?)にもアナログ盤で在った記憶があるテナー・マン Bob Rigter のワン・ホーン 2000年録音盤である。レスター・ヤングやズートを彷彿とさせるが幾分端正。バックのリズム陣も秀逸。独り深夜に聴きたい盤である。

                 Sep0104.jpg
                   
     The Bob Rigter Quartet 
                      『Love You Madly
               (2000年録音Munich Records BMCD315


    21:58 | トラックバック(0) | コメント(2) | Tenor Sax | Page Top


    ■2011/08/29(月) 可哀想な盤たち

    明らかにこれは私の愚かな性癖なのだろうけれども、 (或は何か特別、病理的な心理が働いているのか? 自分の心をじっくり分析した訳ではないので分からないが・・・)古本屋に入って大変気に入った本が二束三文の値段で売られていると ついつい買ってしまう。それ故私の書棚には同じ本が数冊置かれることになる。結果は同じだが、買ったことを忘れて再度買ってしまう "痛い" W買いとは明らかに一線を画する。例えば今日買ってしまった 奥泉光著『石の来歴』に至ってはハード・カバー3冊、文庫本1冊を所持している。これだって一冊を友人が来た折、無理やりに持って行かせた結果であるので、実に病理的なことだ(笑)。 これらはもちろん確信的に買うのだが、ポイントは二束三文で売られていることだ。

    同様な事はジャズ盤においてもそうだ。大変気に入った、個人的に思いこみのある盤が安価に投げ売られていたりするとついつい購入してしまうのである。深く考えた訳ではないが、これは気に入ったものが不当な扱いを受けていることに対する抗議的行為かも知れない。或はそれらの扱いが可哀想と、擬人的な心理に根ざしているのかも知れない。また、より言えばこれらの好さをわかっているのは自分だけなのだという幾分奢った心理ゆえかも知れない。いずれにせよ買う。市場価値のない安価で捨て置かれた盤(本)であるが、私的には輝くばかりの価値を買うのである。こうした数少ない盤(本)に巡り合えるのは実に幸せなことだと最近感じている。

    しかし今日買った本は確か昔、芥川賞を受賞したような記憶がある。であるなら "これらの好さをわかっているのは自分だけなのだ"という理屈には全くあたらない訳だ。それにしても最近そういう立派な(?)本でさえ、と言うよりそう言う本だからこそ誰からも見向きもされなくなったようだ。『石の来歴』の出だしの数行を読んだだけでこれは暗いなぁと思う。これでは最近の若者は読みはしないだろうな。多分そう言う本を好んで読むのは相当変わった人間、マイノリティな存在であるのは間違いのないことだ。
     
    どうやら夏も終わろうとしている。夕刻が少しづつ早く訪れ、家の裏手から蜩の声が聴こえる。何かが終わろうとするのはいつだってもの哀しいものだ。音楽にもそういうものがある。例えばKnut Riisnaes 『Touching』、2001年録音 北欧の人気ピアニスト:Dag Arnesen と ベーシスト:Terje Gewelt が参加したちょうど10年前の作品。この哀愁感はまさに夏の終わりである。Knut Riisnaes のサックスにDag Arnesen トリオの繊細な演奏が遣る瀬無い感情を掻き立てる。これも数枚所持している盤である。一時レコメンドされて騒がれた盤であるが、こうして10年も過ぎた頃に取り出して聴くのが正しい聴き方ではあるまいかと思う此の頃、ますます感慨を深める盤である。

                  Aug2901.jpg
             
              Knut Riisnaes『Touching』
                    (2001年Resonant Music RM8-2 )
                    
              All Tunes  esp. #6 "Mountain Rag Suite Part3"


    01:28 | トラックバック(0) | コメント(2) | Tenor Sax | Page Top


    ■2011/06/30(木) レスター・ヤングとビリー・ホリディ

    また今年も暑さとの戦の日々が始まろうとしている。大袈裟ではない。尋常でない暑さと抗えない加齢の体質変化とで背中から胸からあらゆるところから汗が流れ出す始末、気持ちが悪いことこの上ない。若かりし昔、逆にその暑さを謳歌した頃もあったのだが最早そういうレベルではない。唯一楽しみは風呂上りの火照った身体を大の字にして冷房の効いた部屋でクール・ダウンする快感ぐらいだ。


    『好きなサックス吹きは誰?』 と訊かれれば『そうですね~、やっぱりレスター・ヤングでしょう』と言う風に答えようと思っている。『どうして?』 と言う風に訊かれたら、『その滋味ある寛ぎに満ちた演奏でしょう』という答えも用意している。では、『どういう盤が好いですか?』 という問いには 『へそ曲がりなのでヨレヨレになった晩年の演奏、Verne盤なんかが好いですね』 というふうに答えることにしている。しかし、残念なことにだれにも尋ねられたことがない (笑)

    レスター・ヤングのエピソードは興味深い。真偽の定かでないものも沢山あるのだろうが、大らかな気持ちでそういう事もあり得ると言う風に感じてしまうのもレスター・ヤングゆえだろう。例えばビリー・ホリディとのエピソードでは終生(と言っても長くはなかったが)プラトニックだったらしく、そういう関係はフレディ・グリーンだけだったとか・・・誤解を招く記載だった、これはビリー・ホリディの相手です、勿論(笑)

    村上春樹と和田誠が15年ほど前に『Portrait In Jazz』 というジャズメンについての寸評とイラストで構成された本を書いた。好評でパート2も出たが、その後パート3が出たか否かは知らない。言うまでもなく文章は村上春樹がしたのであるが、その内のビリー・ホリディの記載が特に素晴らしい。『赦し』と感じた村上春樹もまた素晴らしい。そしてレスター・ヤングの記載も泣けるのである。あれは安物のボロボロのサックスで奏でた音色だったのか・・・。ビリー・ホリディの唄は暗くて聴けないというヴォーカル・ファンも多いが歳を食へば少しは変わるだろう。

    ロイ・エルドリッジと何やら可笑しそうに笑っている。見ているこちら側だって思わず引き込まれて笑いたくなってしまう実に好いジャケ写だ。『Laughin' To Keep From Cryin'』、1959年に亡くなったレスター・ヤングがその死の前年に吹き込んだ盤である。

       Jun3001.jpg
         Lester Young, Roy Eldridge, Harry Edison
                 『Laughin' To Keep From Cryin'』
              (1958年 Verve 314543301-2)

    21:33 | トラックバック(0) | コメント(0) | Tenor Sax | Page Top


    ■2011/01/16(日) 太陽光発電と雪

    『ほど良さ』というのがある。例えば今飲んでいる紅茶だが、ティ・パックをカップに長く放置しすぎたため苦みが増してしまったし、頂きもののラズベリーのクッキーは甘過ぎて気持ちが悪い。そういう訳でティ・パックはもう少し早くにカップから出さねばいけなかったし、クッキーは一口食べた時点で止めておけば良かったのである。昔、学校で『中庸』という漢語を教えてもらったが、この言葉をもっと深く認識してその後生きてゆく上で役立てれば良かったのかも知れない。しかし私には多分無理だろう。

    今しがた来訪者があった。休日なのに太陽光発電の営業らしい。インター・フォン越しに、家は既に屋根をご覧の通り設備していますと答えると、近所の方でどなたか設備希望の方をお教え願いたいとのこと、自分の足で探さなくては駄目だなと思ったが言わなかった。まだ若い兄ちゃんの営業マンだ。そこらの話好きな奥さんなら教えて貰えたのかも知れないが、そんな情報、親爺は持ち合わせていないのだ。

    昨晩、雪を期待したが、殆ど降ることはなかった。海もそうだがもともと自分の環境にない大自然に対して甚く感動してしまう癖(?)がある。そういう訳で親爺趣味だろうがシンシンと降る雪を眺めながら風呂に浸かるのが大好きで、年数回の幸運な(?)大雪日には何時間でもそうしていて家人に呆れられている。しかし今回は残念であった。

    そういえば、太陽パネルに雪が積もったらどうなるのだろう?さっきの兄ちゃんに訊いておけばよかった・・・都合が良すぎるか?

    と、ここまで書いて大分の時間が経ってしまった。忙しかった訳ではないのだが、どうも気が乗らないというのだろうか、書き込む意欲が湧いてこなかったのだ。定期的に色々なブログを散策しているが、感心するのは毎日何らかの書き込みをしている人(ブロガー?)である。日記代わりと言うが、不特定多数に後悔、いや公開している訳であろうから、何らかの取り繕い、作為があって然るべきだと思っている。本当は他者への意識なしに書けると面白いのだろうが、そうもいくまい。よく解からないけれども、どこかで何かの代償行為として書いているのかも知れない。

    今朝、隣の家のお婆ちゃんが94歳で亡くなった。田舎故、昔からのお付き合いが有るので、近隣の人たちと一緒に葬儀の打ち合わせに出かけた。都会生活者の方々には理解できないかも知れないけれども、田舎ではこういう結びつきが強いのである。近くのお寺で通夜、告別式となるので受付等を手伝うこととなるだろう。昔は自宅で葬儀をやったので近所の人たちの労力は大変なものだったようだ。まあ、ひと一人が亡くなったのであるからお大騒ぎしてもいいのかなとも思う。生まれる時だって能天気に結構騒ぐのだから、死んだ時も同等、いやそれ以上に騒いでやらなくては可哀想な気もする。最早存在しなくなってしまい、時間の忘却力(?)に太刀打ちできないのであれば思いっきり偲んで(?)あげてもいいだろう。その人の生とは一体何であったのか?答えの出ない話を延々とするのだ・・・それはきっと死者だけのためではない。事務的な死ばかりが横行する現代はつまらない。

    ジャズの話。

    ピアノ・トリオばかり聴いているのは野菜サラダばかりを食っている感じだ。焼き肉やラーメンだって偶には食ってみたいと思う。そういう乱暴な譬えで言いたかったのは、お察しの通りハード・バップ的なジャズへ話を持って行きたかったからだ。

    最近聴いた中では The Osian Robert / Steve Fishwick QuintetWith Ceder Walton』が好かった。ジャケがレトロで50年、60年、行って70年代な感じだが、2007年録音で全く新しい。宛もシダー・ウォルトンのリーダー作のような創りだが、きっと彼への尊敬の念がこういう体裁になったのだろう。これがジャズなのだ・・・自然な寛ぎが窓辺の陽光の様に満ちてくる。

              
    Jan2702.jpg
            
      The Osian Robert / Steve Fishwick Quintet
                    『With Ceder Walton』
                   
                (2007年録音 Hard Bop Records HBR33006)
                  

               

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    ■2009/11/08(日)  マヌサルディ~ガルゾーン 

    休日の今日は割り方好い天候であったが、どこにも出かけず不健康にもパソコンに向かっている。おかげ様で眼精疲労とファストフードの摂取で首から肩にかけて嫌な疲労とそれらが原因と思われる若干の吐き気がある。何を好んでパソコンに向かっているのだろうか、自問する日々である。が、多分この圧倒的情報源であるパソコンを無視することは最早できない。仕事、趣味、生活の諸々の手続き等々、よくもここまで浸食してくれたものだ。かくジャズの情報にしてもウェブ・サイトの利用が無いものとしたら全く現在の享受はあり得ないことであろう。

    そういう訳で今日は久しぶりにブログ記事の整理を行った。分類等がなっていなかったので少し手を加えて見た。また、いくつか分類が不能となる記事があったので分割してみた。以下の記事と続く2~3の記事は以前アップしたものだが、装いを新たに掲載する。木に竹を継ぐような唐突な感も否めないが容赦されたい。

    さて今回の盤はGuido Manusarudi率いるピアノ・トリオにGeorge Garzoneのサックス(テナー&ソプラノ)が加わる優れ盤である。Manusarudi や Garzoneの吹き込みは様々なところで遭遇し、何回か落胆を食っているが、これは相当出来のいい部類に入ると思われる。特にManusardi は昔は人気のあるピアニストという印象であったが、最近の凋落はどうしたものだろう、中古盤は大幅値引きに関らず売れ残っているのをよく目にする。また、Garzoneもミュージシャン'ズミュージシャンなどと鳴りもの入りで紹介された当初は騒がれたが最近は静かになったものである。そういう不遇な盤であるが百聞は一見にしかず、いや、百見は一聴にしかず、ここでのGarzoneのサックスの素晴らしさはどうだろう。たとえば#2 『Engadina Valley』でのソプラノの艶やかな伸びは唖然と聴き入るだけであるし、#4 Manusarudiのペンによる『Anytime, Anywhere』のテナーの重厚にして優雅なブロウは、以前書き込んだ『サックスは古いものが好い』とする主張を覆すに十分な説得力がある。流石の先生である。

             Sep17#02 
         
    G.Manusardi G.Garzone J.Lockwood B.Gullotti
            『Colored Passages』(1993)

    * 編集のため過去の書き込みに手を入れました。


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